東京に出られなかった金田サカエ

DSC03549.jpg
とかつて自分を称していた事がある。金田サカエとは岡崎京子の東京ガールズブラボーの主人公で、ザンギの地から多感な年頃に上京し80年初頭のニューウェイヴカルチャーにどっぷり浸かって邁進して行く子だ、てちゃんと読んだ事はないんだが。連載をCUTiEで初めて見た時のショックは今も昨日の事のようだったが、未だちゃんと読んでいない。多分結局自分が上京できなかったから、心のどこかでジェラってんだと思う。(笑)
チャンスはなかったワケではない。十代の頃は某社からウチに来いと猛烈なラブコールを受けてたし、一昨年職を失った時もちょっといい話が舞い込み、言われるがままにリクナビに登録した事もあったが、どちらも残念乍ら縁のない結末を迎えてしまった。学校卒業→死んでも行くかと思った会社に口添えで入社→常に上を目指して転職→倒産→(長いので中略)→何度目かの就職→齢37にして焦る(いろんな点で)…というのがこれまでの半生だ。ハンナマベイビーだチクショウ。(意味不明) じゃ、もし金田サカエのようにあの頃とか無理矢理上京したらどうなってたか想定してみる。卒業して上京→入社→がむしゃらに夢を追う→男に泣く→齢37にして焦る(いろんな点で)… なーんだ、どんな道を行ってみたところで行き着く先なんて同じじゃん。人生は必然の折り重なりで構成されている、て別に運命論者ではないのだが。
結婚は一度くらいしてみたいし、子供は絶対1人以上は欲しい(=遺伝子を残せと本能が云う)。多分結婚するにはもう東京に出るか農家と見合いするかしかないだろう。後者を選ぶとするならもう全てを捨てなくちゃいけない。仕事はもちろん趣味嗜好・嗅覚・味覚までも。そして生理的嫌悪感を緩和する為挿入はいいけどキスはイヤとか言いながら(すんません)カレンダーに赤丸した日だけ空しく子作りする事になるのだろう。そんなのヤダーしかしもう残された時間は少ない。それは都会に暮らしても同じだが。仕事も、趣味も、人間的立場も、家庭の中でも、全てに於いて今の自分は中途半端だ。焦るなと己に良い聞かせるのは焦っている証拠だ。まぁ厄が開けるまでは仕方ない。


…結局何が言いたいのかゆーと、つまり誕生日なんつてblogpeopleのtopに1日くらいリンク貼られたところで、アクセスなんて10人程度しか増えないんだぜ。(爆笑)

一般人の日記の大半がネットのゴミという事実。自分が書き散らかしたものもそこに含まれており、ゴミ日記からの脱却を模索する日々だが、断言できるのは「1日10万アクセス」も「書籍化決定」もゴール地点ではない。そんなものがどこかにあるとすれば、恐らく某かのブームを起こせた時なんじゃないか。まー誕生日の翌日はそんな事をぼんやり考えながら露天風呂に居たんだな。

このブログ記事について

このページは、machikomaが2005年6月26日 21:04に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「練られた戦略とプロ根性について」です。

次のブログ記事は「呉服部門廃業!?」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。